日本遺産

里沼(SATO-NUMA)
「祈り」「実り」「守り」の沼が磨き上げた館林の沼辺文化

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里沼(SATO-NUMA)
「祈り」「実り」「守り」の沼が
磨き上げた館林の沼辺文化

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「もてなしの心」へと磨き上げられた館林の沼辺文化
近代化による「守りの沼」の変貌は、城沼と景観を一つにしていた「躑躅ヶ崎」も大きく変えた。
それまで城主によって守られていた「躑躅ヶ崎」は、町人や村人たちの努力によって、公園「つつじが岡」として行楽地に生まれ変わり、400年前に植えられたつつじは貴重な古木群となり、名勝として甦(よみがえ)った。多くの人々が訪れるようになった沼辺には、行楽客を迎え入れるための文化が集約され、「もてなしの心」が芽生えた。
躑躅ヶ岡
躑躅ヶ岡
躑躅ヶ岡
躑躅ヶ岡
躑躅ヶ岡
里沼の特性を活かした「もてなしの心」
近代化によって城下町で成長した製粉・醤油醸造・織物などの会社は、内外の客を迎えるもてなしの場として「つつじが岡」を利用した。東武鉄道の開通と館林出身の文豪 田山花袋(たやまかたい)が記した旅の案内書は、沼辺にある「つつじが岡」と茂林寺へと多くの人々を誘った。さらに「実りの沼」がもたらした名産品の麦落雁やうどんは、手軽な館林土産として広く知られるようになり、里沼の特性を活かした「もてなしの心」が根付いた。
躑躅ヶ岡
躑躅ヶ岡
田山花袋
正田記念館
旧館林二業見番組合事務所
受け継がれる「もてなしの心」
館林の沼辺に佇むと、赤城山や日光連山、遠くは筑波山・富士山を眺望できる。「祈りの沼」「実りの沼」「守りの沼」、それぞれ特性を持って、多彩な文化を生み出してきた館林の「里沼(SATO-NUMA)」。
その特性は明治の近代化以降、「もてなしの心」へと磨き上げられ、館林の沼辺文化として今も受け継がれている。
27建造物)
旧秋元別邸
旧秋元別邸
館林最後の城主秋元氏 ゆかりの和風建築物 で、明治末期に城沼を望む館林城の八幡郭 に建てられた。主屋に広間があり、離れ座敷に茶室と洋館がある。庭園には沼で投網をする秋元氏の銅像がある。四季を通じて沼辺文化を彩る、館林の迎賓館 としての役割を果たしてきた。
28国登録有形
正田醤油㈱旧店舗・主屋
[正田記念館]
正田醤油㈱旧店舗・主屋
城下町で江戸時代から商家を営む正田家は、「実りの沼」によって育まれた館林特産の小麦や大豆を材料にして、明治6年(1873)に醤油醸造を開始した。正田記念館は嘉永6年(1853)建築の店舗・主屋で、正田家の歴史と醤油醸造関連資料が展示されている。
29建造物
東武鉄道館林駅
東武鉄道館林駅
明治40年(1907)に東武鉄道が川俣 から足利 まで開通した際に開業。駅舎は昭和12年(1937)建築の木造2階建てモルタル瓦葺 で、正面中央に時計をはめこんだ意匠が特徴。明治末期から城沼とつつじが岡を訪れる行楽客の玄関口となってきた。
30建造物
創業期日清製粉館林工場事務所
[製粉ミュージアム本館]
創業期日清製粉館林工場事務所
明治43年(1910)に日清製粉株式会社館林工場の事務所として建てられた木造2階建ての洋風建造物。「実りの沼」によって育まれた館林特産の小麦を原料として、日本近代製粉業発展の歴史を伝える。創業110周年を記念して製粉ミュージアム本館として公開。
31県重文
旧上毛モスリン事務所
旧上毛モスリン事務所
明治42年(1909)に、城沼を望む館林城二の丸跡に建設された毛織物工場の事務所で、木造2階建ての洋風建造物。近代館林の産業発展を支え、城沼の守りを生かした工場群となっていた。花の季節には、従業員の慰安でつつじが岡へと繰り出した。
32国登録有形
分福酒造店舗
[毛塚記念館]
分福酒造店舗[毛塚記念館]
江戸期から、城下町で酒造業を営んでいた木造2階建ての商家。建物の脇に「龍水の井戸」と呼ばれる井戸があり、かつて「龍水」という銘柄の清酒を醸造・販売していた。里沼の水源となる良質な地下水により、城下町に酒造業が発達した。
33建造物
旧館林信用金庫
[市役所市民 センター分室]
旧館林信用金庫
大正末期に発足した館林信用金庫の近代建物。昭和9年(1934)建築で、鉄筋コンクリート造2階建、タイル貼りの外壁や入口の装飾が特徴。大正から昭和初期にかけて町の経済発展を担い、沼辺のもてなし文化の原動力となった。
34国登録有形
旧館林二業見番組合事務所
旧館林二業見番組合事務所
昭和13年(1938)建築の芸妓置屋 と料理店業 の組合事務所。木造2階建の重厚な瓦屋根が特徴で、2階に芸妓 の稽古用舞台と大広間があり、昭和前期の館林の花街の中核となった。つつじが岡で芸妓たちが行楽客を迎え、沼辺のもてなし文化に華 を添えた。
35市史跡
田山花袋旧居
田山花袋旧居
昭和13年(1938)建築の芸妓置屋 と料理店業 の組合事務所。木造2階建の重厚な瓦屋根が特徴で、2階に芸妓 の稽古用舞台と大広間があり、昭和前期の館林の花街の中核となった。つつじが岡で芸妓たちが行楽客を迎え、沼辺のもてなし文化に華 を添えた。
36歴史資料
田山花袋関連資料
(田山花袋記念文学館)
田山花袋関連資料
昭和13年(1938)建築の芸妓置屋 と料理店業 の組合事務所。木造2階建の重厚な瓦屋根が特徴で、2階に芸妓 の稽古用舞台と大広間があり、昭和前期の館林の花街の中核となった。つつじが岡で芸妓たちが行楽客を迎え、沼辺のもてなし文化に華 を添えた。
37民俗
館林のうどん
館林のうどん
昭和13年(1938)建築の芸妓置屋 と料理店業 の組合事務所。木造2階建の重厚な瓦屋根が特徴で、2階に芸妓 の稽古用舞台と大広間があり、昭和前期の館林の花街の中核となった。つつじが岡で芸妓たちが行楽客を迎え、沼辺のもてなし文化に華 を添えた。
38民俗
麦落雁
麦落雁
昭和13年(1938)建築の芸妓置屋 と料理店業 の組合事務所。木造2階建の重厚な瓦屋根が特徴で、2階に芸妓 の稽古用舞台と大広間があり、昭和前期の館林の花街の中核となった。つつじが岡で芸妓たちが行楽客を迎え、沼辺のもてなし文化に華 を添えた。
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