27建造物)
旧秋元別邸
館林最後の城主秋元氏 ゆかりの和風建築物 で、明治末期に城沼を望む館林城の八幡郭 に建てられた。主屋に広間があり、離れ座敷に茶室と洋館がある。庭園には沼で投網をする秋元氏の銅像がある。四季を通じて沼辺文化を彩る、館林の迎賓館 としての役割を果たしてきた。
28国登録有形
正田醤油㈱旧店舗・主屋
[正田記念館]
城下町で江戸時代から商家を営む正田家は、「実りの沼」によって育まれた館林特産の小麦や大豆を材料にして、明治6年(1873)に醤油醸造を開始した。正田記念館は嘉永6年(1853)建築の店舗・主屋で、正田家の歴史と醤油醸造関連資料が展示されている。
29建造物
東武鉄道館林駅
明治40年(1907)に東武鉄道が川俣 から足利 まで開通した際に開業。駅舎は昭和12年(1937)建築の木造2階建てモルタル瓦葺 で、正面中央に時計をはめこんだ意匠が特徴。明治末期から城沼とつつじが岡を訪れる行楽客の玄関口となってきた。
30建造物
創業期日清製粉館林工場事務所
[製粉ミュージアム本館]
明治43年(1910)に日清製粉株式会社館林工場の事務所として建てられた木造2階建ての洋風建造物。「実りの沼」によって育まれた館林特産の小麦を原料として、日本近代製粉業発展の歴史を伝える。創業110周年を記念して製粉ミュージアム本館として公開。
31県重文
旧上毛モスリン事務所
明治42年(1909)に、城沼を望む館林城二の丸跡に建設された毛織物工場の事務所で、木造2階建ての洋風建造物。近代館林の産業発展を支え、城沼の守りを生かした工場群となっていた。花の季節には、従業員の慰安でつつじが岡へと繰り出した。
32国登録有形
分福酒造店舗
[毛塚記念館]
江戸期から、城下町で酒造業を営んでいた木造2階建ての商家。建物の脇に「龍水の井戸」と呼ばれる井戸があり、かつて「龍水」という銘柄の清酒を醸造・販売していた。里沼の水源となる良質な地下水により、城下町に酒造業が発達した。
33建造物
旧館林信用金庫
[市役所市民 センター分室]
大正末期に発足した館林信用金庫の近代建物。昭和9年(1934)建築で、鉄筋コンクリート造2階建、タイル貼りの外壁や入口の装飾が特徴。大正から昭和初期にかけて町の経済発展を担い、沼辺のもてなし文化の原動力となった。
34国登録有形
旧館林二業見番組合事務所
昭和13年(1938)建築の芸妓置屋 と料理店業 の組合事務所。木造2階建の重厚な瓦屋根が特徴で、2階に芸妓 の稽古用舞台と大広間があり、昭和前期の館林の花街の中核となった。つつじが岡で芸妓たちが行楽客を迎え、沼辺のもてなし文化に華 を添えた。
35市史跡
田山花袋旧居
江戸時代後期に建てられた茅葺き屋根の武家屋敷で、館林出身の文豪田山花袋 が、明治初期の少年期に過ごした。花袋は城沼や城跡の風景をこよなく愛し、小説「ふるさと」にはこの家や城沼の景観が克明に描かれている。
36歴史資料
田山花袋関連資料
(田山花袋記念文学館)
城沼を間近に望む田山花袋記念文学館には、代表作『蒲団 』『田舎教師 』等の初版本 のほか、原稿、書簡、日記、愛用品など資料約1万点が所蔵されている。展示室には小説「ふるさと」の自筆原稿と城沼の古写真があり、沼辺を愛した花袋文学の世界へと誘う。
37民俗
館林のうどん
江戸期に「饂飩粉 」(小麦粉)は館林藩の特産として将軍家へ献上された。「里沼 」と利根川・渡良瀬川 の水資源が肥沃な大地を生み、長い日照時間と赤城颪 と呼ばれる空っ風による乾燥した気候からうどんの産地となった。“麦都”館林のもてなし文化に欠かせない名産品である。
38民俗
麦落雁
大麦粉を利用して作られる麦落雁は館林を代表する銘菓 で、文政 年間(1818~30)に完成して以来、館林城主献上の栄を賜ったという。城下町に根付いた茶道菓子から発展し、明治時代には「つつじが岡」の園内で館林名産として販売され、沼辺のもてなし文化を彩るものとなった。
42建造物・民俗
織姫神社と館林紬
館林地域は江戸時代から綿花栽培が盛んで、農家の副業として機織りが行われ、城下町には多くの綿屋商人がいた。
明治時代以降、城下町に織物組合が結成されて町内に織姫神社を祀るとともに、「里沼」のもてなし文化を支えた様々な織物が生まれ、なかでも「館林紬」は今も続く伝統工芸品となった。